「やればできる」は科学的に有効なのか?
私は納得しないとなかなか前に進むことができず、疑問にはまって理解が進まないということがよくあった。
例えば中学生の頃、数学で方程式を学んだ時に「2x+4=8」という数式で「4を右に移項させたらプラスマイナスが逆になるので2x=8-4になって、計算するとxは2になる」と言われた。
まだその頃は素直だった私は数学教師に「なんで逆になるのですか?」と質問すると、「そういうものだと覚えてやれ」だった。納得いかず、何度も食い下がったが、理解できるような解答は得られず、見かねた友人が間に入って終わった記憶がある。よく考えると素直ではなかったかもしれない。
仕方がないので教科書をじっくり読んでみたが書いていない。あの頃Google先生はいなかった。
答えが出ないので私なりに考えたのは「自分は数学に向いていない。才能がない。諦めよう」というものだった。そう、たった「等式の性質」を学べなかっただけで、私の能力への考え方は「固定」されてしまったように思う。
そのまま残念な学生時代を送ってきたのだが、講師として指導するときに「やればできる」と言っている自分に多少違和感を持つようになった。
昔、「やって出来ない自分」がいたのに、「やればできる」というのはやや違和感がある。ただ、合格する方法論は確立しているので、やればできるのはわかっている。
方法論が正しいのは当然、大前提になるが、向き不向きというより、やらないから到達できない。「同じ人間。出来ないわけがない」と、松岡修造みたいだが、10周まわって正しいと思う。
認知のゆがみの修正に時間はかかったが、現在の能力に対する考え方は「鍛えれば成長する」と思っている。
そんなことを裏付ける今回の論文はLisa S Blackwell 博士, Kali H Trzesniewski博士, そして何より「グロースマインドセット(成長マインドセット)」で有名なCarol Sorich Dweck博士による論文
「Implicit theories of intelligence predict achievement across an adolescent transition: a longitudinal study and an intervention」
暗黙の知能理論が思春期の移行期における達成度を予測する:縦断的研究と介入策
能力への考え方の差が成績の差になる
実験は2つあり、実験1は能力に対する考え方の差が成績の差になるか。実験2は、成績の低いグループに「自分の知能は鍛えられる」と指導すると、成績に影響を及ぼすのか実験した。
実験1はNY市の中学校に通う373名を対象として能力に対する考え方を「固定されて変わらない」と考えるのか、「自分の能力は鍛えられる」と、考えるのかのグループに分け、中学一年生入学時から半年ごとにデータを合計4回とったところ、「固定されている」と、考えるグループの成績は横ばいか、やや下がったが、「自分の能力は鍛えられる」と考えたグループは上昇して、差がついた。
研究グループは「自分の能力は鍛えられる」という信念が、学習目標や積極的な努力や戦略、無力感の低さと関連しており、モチベーションになる考え方(自分の能力は鍛えられると思うかどうか)が成績を左右すると言う。
「自分の能力は鍛えられる」と考える中学生は、「自分の能力は固定されている」と考える中学生に比べて、学習目標をより強く肯定し、努力することが必要であり、達成に効果的であると考える傾向が強かった。
その結果、学習目標とポジティブな努力の信念を持つ生徒は、挫折しそうな時に、失敗の可能性を能力不足のせいにする可能性が低く、無力感をより少なくする傾向があった。
「自分の能力は固定されている」と考える学生に比べて、より多くの努力をしたり、戦略を変更したりすると答える可能性が高く、このような挑戦や困難に対する反応の違いがパフォーマンスにも大きな差となって表れたのではないかと言う。
変化と失敗に強い考え方
実験2では、実験1とは別に、成績があまり良くない中学一年生91名を「自分の能力は鍛えられる」と教えたグループと、教えなかったグループに分け、差が出るのかを調査した結果、その結果、教えたグループは成績が下げ止まり、教えなかったグループはそのまま低下したという。
研究グループは、小学生のような失敗しにくい環境では差が出にくいが、中学生のような自意識が高まり、競争、比較、能力の自己評価が行われる環境では挫折が生じやすく、その時の能力に対する「考え方」がその後の成績に強い影響を与えているという。
つまり、実験1では元々の考え方の差が成績にあらわれている可能性が考えられたが、実験2では介入(能力への考え方を教えること)で変化があらわれることを意味している。
中学生の時期に「今はまだできないが、能力は鍛えられるし、やればできる」と信じられることが大切というのは非常に興味深い結論だった。
振り返って、中学生の頃の自分は能力に対するマインドセットが固定的だったのかもしれない。小学生の頃には失敗と思う機会がそれほどなく、挫折しなかっただけなのかもしれない。
漫画やゲームなどで、伝説の勇者とか、実は昔の王の子孫が主役のストーリーに慣れると「やっぱり特別な血筋や才能が必要」と無意識に刷り込まれるのではないかと勝手に推測している。
現実は努力すれば能力はのびるし、やればできる。
現代の発達心理学の研究ではスタンダードな考え方で、これをベースに数々の研究が進んでいる。考え方ひとつなのでやった方がよさそうだ。そういえば、この考え方のおかげで私も英語論文が読めている。
努力など過程を褒めて伸ばすことの大切さは知られてきたが、次は「やればできる」という言葉が違和感なく当たり前になれば、世の中は一歩くらい前進するだろうと思う。